婚活は自立からの脱却
「まずは自立しましょう」
婚活をしていると、そんな言葉を聞くことがあります。
経済的に自立する。
精神的に自立する。
自分のことは自分でできるようになる。
もちろん、どれもすごく大切です。
でも私は、ここであえて逆のことをお伝えしたいのです。
自立しようとすればするほど、かえって結婚が遠のいてしまうことがあります。
なぜなら結婚とは、ある意味で「自立からの脱却」だからです。

一人で頑張ってきたあなただからこそ、知ってほしい視点があります。自立のその先へ、一緒にステップを進めてみませんか?
私たちは、一人で生きられるよう育てられてきた
今の時代、男性も女性も自立を求められます。
・大人になったら働いて、自分でお金を稼ぐ。
・一人暮らしをして、掃除も洗濯も料理もする。
・自分の機嫌は自分でとる。
・自分の問題は自分で解決する。
・人に迷惑をかけない。
つまり、誰かがいなくても、一人でちゃんと生きられることが、大人としての成熟だと教えられてきました。
そして婚活の場でも、
・「経済的に自立している人がいい」
・「家事くらい一人でできる人がいい」
・「精神的に依存してくる人は嫌」
と、自立していることは男女ともに評価されます。
ここまでは、何も間違っていません。
問題は、その先にあります。

自立していること自体はすばらしいことです。ただ、それだけでは越えられない壁が、パートナーシップには存在するんです。
結婚した瞬間、人生の主語は「I」から「We」になる
一人で暮らしている時、人生の主語は「I=私」です。
・私はどこに住みたいのか。
・私は何を食べたいのか。
・私はどう働きたいのか。
・私は休日をどう過ごしたいのか。
・私はどんな人生を送りたいのか。
基本的には、自分で決めることができます。
ところが、結婚した瞬間、世界が一変します。
人生の主語が「I」から「We」へと切り替わります。
「私はどうしたい?」だけではなく、「私たちは、どうしたい?」を考える人生が始まるのです。
ここが、婚活や結婚生活で多くの人がつまずくポイントです。
ずっと、
「自分で考え、自分で決め、自分で責任を取れ」
と叩き込まれてきたのに、ある日突然、
「相手の事情も考えてね」
「二人で話し合って決めてね」
「自分だけで決めないでね」
と言われる。
そう言われても、簡単に頭を切り替えられなくて当然です。
自分はここに住みたい。
こんな家がいい。
こんな働き方がしたい。
こんな人生を送りたい。
自分の胸の中には、たくさんの「私はこうしたい」があふれています。
けれど、相手にも同じように人生があって、希望があって、価値観があります。
当然、すべてが一致するわけではありません。
だから結婚には、「自分はどうしたいか」と同じくらい、「相手はどう感じているのか」に思いを馳せる力が必要になってくるのです。

ずっと自分の判断で生きてきた人ほど、二人で決めるという変化に戸惑うのは当然です。でも、そこに新しい面白さが詰まっていますよ。
「何でも一人でできる」は、結婚生活では必ずしも正解ではない
結婚したからといって、二人とも何でもできる必要はありません。
料理が得意な人が料理をすればいい。
数字に強い人がお金の管理をすればいい。
人付き合いが得意な人が、親戚付き合いを少し多めに担ってもいい。
疲れているときには、元気なほうが少し多く家事をしたっていい。
もちろん、時期によってその役割が入れ替わったって構いません。
常に50:50の対等さにこだわる必要はないのです。
二人で100になれば、それでよいのです。
結婚とは、
「私は一人でも完璧にできます。だから、あなたも一人で完璧にやってください」
と、二人の自立した人間が並んで暮らすことではありません。
できるところは差し出し、できないところは相手に委ねる。
そうやって互いに補い合って生きていくことこそが、夫婦の醍醐味です

お互いが全自動で何でもこなす必要はありません。得意なことを出し合って、二人で100点を目指せばいいんですよ。
「私はできる。だから、あなたもできるよね?」という罠
ここで、婚活をしている人によくある一つの落とし穴があります。
それは、自分ができることは、相手にもできてほしい、と思ってしまうこと。
例えば、自分は仕事をしながら料理も掃除も洗濯もしている。
だから、相手も最低限、家事ができる人じゃないと嫌、と思う。
一見、とても合理的に見えます。
でも、少し立ち止まって考えてみてほしいのです。
なぜ、自分と同じことができなければならないのでしょうか。
あなたが得意なことを、相手は苦手かもしれない。
反対に、あなたが苦手なことを、相手は当たり前のようにできるかもしれない。
結婚は、同じ能力を持った二人を揃えることではありません。
だから、婚活で見るべきなのは、
「今、何ができる人なのか」だけではなく、
「二人のために、できないことにも向き合おうとする人なのか」ということ。
今は料理ができなくても、「じゃあ、少しずつ覚えてみるよ」と言える人なのか。
家事に慣れていなくても、「何をしたら助かる?」と聞ける人なのか。
今できるか、できないか。
その一点だけで人を見るよりも、できないことを、できるようになろうとする姿勢があるか。
私は、そのほうが長い結婚生活ではずっと大切だと思っています。
そしてもう一つ。
相手が頑張ってくれたときに、
「私ならもっと上手にできるのに」ではなく、
「やってくれてありがとう」と受け取れる自分でいられるのか。
結婚生活で本当に必要なのは、最初から能力が揃っていることではありません。
違いがあったときに、二人のために歩み寄ろうとする姿勢があることです。
そしてこれは、相手にだけ求めるものでもありません。
「この人は変わる努力をしてくれるだろうか?」と見るのと同時に、
「私は、相手との違いを受け入れる努力ができるだろうか?」と、自分にも問いかけてみる。
完璧な人を探すより、違いがあっても話し合える人。
できないことがあっても補い合える人。
そして、お互いに少しずつ変わっていける人。
そんな二人のほうが、長い結婚生活ではずっと強いのだと思います。

今何ができるか、の基準で人を見るのを少しやめてみませんか? 二人で一緒に変わっていけるか、が本当の決め手になります。
目指すべきは成熟した相互依存
心理学では、自立した者同士が互いを尊重しながら支え合う関係を「相互依存(interdependence)」と表現することがあります。
これはただの依存とは違います。
「あなたがいないと私は生きていけない」ではない。
かといって、「私は一人で全部できます。あなたの助けなんて必要ありません」でもない状態です。
一人でも立てる。
でも、一人で全部を背負おうとはしない。
助けてほしいときには「助けて」と言える。
できないことは「できない」と言える。
相手の力を借りることができる。
そして、自分に余裕があるときには相手を支えることができる。
これこそが、成熟した大人のパートナーシップです。
だから、結婚に必要なのは、自立の放棄ではありません。
自立したその先にある、共に生きる力を身につけることなのです。

頼ることは甘えではありません。相手に助けさせてあげることも、大きな愛のカタチなんです。
自分の正しさを握りしめるほど、結婚は苦しくなる
結婚すると、もう一つ手放す必要が出てくるものがあります。
それが、「私は正しい」です。
・私はここに住みたい。
・私はこんな家がいい。
・私はこういう働き方がしたい。
・子どもはこう育てたい。
・お金はこう使うべき。
・家事はこう分担するべき。
でも、当然相手には相手の正しさがあります。
すべての価値観が一致する人なんていません。
だから結婚には、
「私はこう思う。でも、あなたはどう思う?」
という視点が必要になります。
ときには譲る。
ときには任せる。
ときには、自分の正しさを手放す。
私はこれを、「負ける勇気」と呼んでいます。
もちろん、我慢や自己犠牲とは違います。
どちらか一方が自分を殺し続ける関係は、健全なパートナーシップではありません。
そうではなく、正しさで勝つことより、二人の関係を育てることを選べるか。
そこに、その人の器が表れるのです。
「〜すべき」が多い人ほど、婚活は苦しくなる
例えば、「大人なら、お金を稼ぐべき」という強い思い込みを持っている人がいたとします。
すると当然、パートナーにもそれを求めます。
「いい歳なんだから、もっと稼ぐべき」
「働いていないなんてあり得ない」
でも、その刃は相手だけには向きません。
必ず自分にも向きます。
仕事がうまくいかなくなったとき。
体調を崩して働けなくなったとき。
収入が落ちたとき。
「稼げない自分には価値がない」となってしまう。
だから無理をする。
人に頼れない。
弱音を吐けない。
場合によっては、心や身体を壊すまで頑張ってしまう。
つまり、他人に厳しく向けている「べき」は、自分を縛っている「べき」でもあるのです。
「ちゃんとしなければいけない」
「迷惑をかけてはいけない」
「弱音を吐いてはいけない」
「人に頼ってはいけない」
そんな思い込みをたくさん抱えている人ほど、結婚生活で息苦しさを感じやすくなります。
なぜなら、自分にも相手にも、「不完全であること」を許せないからです。
他人を許せない人は、自分のことも許せない
パートナーシップがなかなか育たない人を見ていると、
「こうでなければならない」
「普通はこうでしょ」
「男性ならこうするべき」
「女性ならこれくらいできるべき」
という思い込みを、たくさん持っていることがあります。
そして、この「べき」が多ければ多いほど、人を許せなくなり、相手を認められなくなり、愛することが難しくなります。
でも、もっと大切なのはここからです。
その厳しい基準は、自分自身にも向けられています。
できない自分を許せない。
弱い自分を認められない。
人に頼る自分を愛せない。
失敗した自分には価値がないと思ってしまう。
だから自己肯定感も下がっていく。
そして、自己肯定感が下がれば、今度は相手から差し出された愛さえ、素直に受け取れなくなる。
「こんな私を、本当に愛しているの?」と疑ってしまうからです。
人を許せない。
自分も許せない。
愛されても受け取れない。
そしてますます孤独になる。
こうなると、パートナーシップの負のループが始まります。

相手に厳しい人は、実は自分にもすごく厳しい人。まずは不完全な自分を許してあげることから始めてみてください。
違ったまま愛し合う経験が、人生の器を育てる
ときどき、「結婚している人のほうが器が大きく見える」という話を聞くことがあります。
逆に、「あの人、独身なの?……なんとなく分かる気がする」なんて、少し意地悪な言い方をされる場面もあります。
もちろん、
結婚している=成熟している
独身=未熟
なんてことを言いたいわけではありません。
結婚していても未熟な人はいますし、独身でも素晴らしく成熟した人はたくさんいます。
ただ、長い結婚生活には、一つの特徴があります。
それは、自分とは違う人間と、簡単には切れない関係を続ける経験が積み重なっていくことです。
相手の素晴らしいところだけではありません。
嫌なところ。
理解できないところ。
腹が立つところ。
情けないところ。
どうしても変わらないところ。
そんな部分も見えてきます。
恋愛であれば、「合わないから別れよう」という選択が比較的簡単にできることもあります。
ですが、結婚して家族になり、ましてや子どもがいれば、気に入らないことがあるたびに関係を終わらせるわけにはいきません。
だから、衝突する。
話し合う。
ときには諦める。
認める。
許す。
そして、もう一度愛する。
そんなプロセスを何度も繰り返していきます。
その中で、自分とは違う人間を、自分とは違うまま愛する力が少しずつ育っていくのだと思います。
私は、それを「器」と呼んでいます。

思い通りにならない相手と向き合い、話し合い、許し合う。その繰り返しの先にしか育たない器があります。
まとめ | 婚活で本当に必要なのは、もっと自立することじゃない
婚活がうまくいかないとき、自分をよりよい完成品にしようとする必要はありません。
もっと稼がなきゃ。
もっと綺麗にならなきゃ。
もっと料理ができるようにならなきゃ。
もっと精神的に強くならなきゃ。
もっと一人でも幸せにならなきゃ。
そんな風に自分を追い込まないくてよいのです。
もちろん、自分の人生を自分で引き受ける力は必要です。
でも、その先にあるのは、「一人で何でもできる私」になることではありません。
・人に頼れること。
・相手に委ねられること。
・違いを許せること。
・弱さを見せられること。
・助けてもらったら「ありがとう」と受け取れること。
・相手のできないことを責めるのではなく、自分のできることを差し出せること。
そして、自分の正しさよりも、ときには二人の幸せを選べること。
婚活とは、「一人で生きる力」から「二人で生きる力」へと変わっていくプロセスなのかもしれません。
だから、婚活は、自立からの脱却なのです。
ただし、それは依存に戻ることではありません。
正確に言うなら、孤立した自立から、成熟した相互依存への移行です。
一人で立つ力を身につけたら、次は、
頼る。
委ねる。
補い合う。
違いを認める。
許す。
愛する。
そんな力を育てていく。
結婚とは、自分を失って「We」になることではありません。
「I」を持った二人が、「We」を育てていくこと。
自分を大切にしながら、相手も大切にする。
自分の人生を生きながら、二人の人生も創っていく。
そして、「この人は私の条件をどれだけ満たしているだろう?」ではなく、
「この人と私は、違いがあっても二人で人生をつくっていけるだろうか?」という視点で人を見る。
その器が育っていったとき、結婚できる自分になるというよりも、誰かと人生を育てられる自分になっていく。
私は、婚活の本質はそこにあると思っています。

完璧な条件の完成品にならなくて大丈夫。誰かと一緒に歩み寄れるしなやかさを持って、一歩を踏み出しましょう。
よくある質問(FAQ)
Q相手に歩み寄ろうとしても、自分のこだわりや「私はこうしたい」を譲れない時はどう折り合いをつければいいですか?
すべてを譲る必要はありません。大切なのは、絶対に譲れない軸と、相手に合わせてもいい部分を、自分の中で整理しておくことです。「I(自分)」の軸をしっかり持った上で、「We(二人)」の着地点を探す姿勢があれば、こだわりを持つこと自体は悪いことではありません。
Qお互いに補い合える関係が理想だとわかりましたが、相手が何も歩み寄ろうとしてくれない場合はどうすればいいですか?
こちらが「We」の姿勢で歩み寄っても、相手が頑なに自分の主張や「I」に固執し続ける場合、その人はまだ誰かと人生を育てる準備ができていない可能性があります。補い合いは一方通行では成り立ちません。話し合いの機会を持っても歩み寄る姿勢が全く見られない相手であれば、二人で人生を創っていける人なのかを冷静に見極める必要があるかもしれません。
Q相手と意見がぶつかった時、「負ける勇気」を持つと自分が一方的に我慢することになりませんか?
「負ける勇気」は、我慢や自己犠牲とは異なります。自分の正しさを主張して勝ち負けを決めることを諦め、二人にとって一番心地よい着地点はどこか?を一緒に探す姿勢を指します。自分の気持ちも大切にしつつ、関係性を育てるために一歩譲る余裕を持つということです。
Q今までずっと一人で頑張ってきたので、人に頼ったり弱みを見せたりするのが怖いです。
完璧な自分しか見せてこなかった人ほど、弱みを見せるのは勇気がいりますよね。まずは「実は私、〇〇が苦手なんだよね」「今日はちょっと疲れちゃった」といった小さな本音や頼み事から、少しずつ相手に自己開示してみることをおすすめします。弱みを見せることで、相手も「自分も頼っていいんだ」と安心できるようになります。

